2005/04/16

第11回国公立大学欧州遠征報告

 

団長 佐藤 孝洋

(東京大学卓球部OB)

 

1 はじめに

 

 国公立大学卓球連盟は近年、欧州卓球の体験や文化的交流を目的として、全国国公立卓球大会で優秀な成績を残した選手をヨーロッパに派遣している。私自身も東大の卓球部に所属していたため欧州遠征の存在は知っていたが、残念ながら実力が伴わず、遠征へ派遣された選手の話を聞いて様子を想像するのみであった。要するに遠い世界の話である。しかし修士論文の仕上げに追われていた1月、事務局として毎年遠征を取り仕切っていらっしゃる野口さんから欧州遠征の団長を打診され、恐縮しながらも引き受けさせて頂いた。当然色々と不安があったが、目の前の修士論文と学会発表に追われ、気が付くと遠征直前であった。振り返ってみれば苦労も多かったが、非常に良い体験をすることができたと思う。

 本報告書は、遠征終了後、その内容を記述したものである。今回の遠征に参加した選手は、広畑修、伊倉悠太(東大)、一ノ瀬めぐみ(長崎大)、河上和寿(広島大)、貴戸崇能(神戸大)、佐藤亮(熊本大)、篠崎崇(九州大)、芝亮介、森部達(京大)、土山敬之(千葉大)、中村治貴(東北大)、細井真吾(高知大)、山方貴順(大阪教育大学)の13名であり、2005年3月18日~24日はスウェーデンのショーピング(Köping)、25~28日はドイツのグレンツァオ(Grenzau)に滞在し活動を行った。

 遠征の実行にあたりご尽力下さった野口さん、国公立大学卓球連盟理事長の長内さん、前理事長の倉木さんや事務局の皆様、EUREX青島さん、そして13名の選手の方々には大変お世話になりました。私が無事団長を務め上げることができたのは、皆様のバックアップやご協力によるところが非常に大きい。この場を借りて感謝と御礼を申し上げます。

 以下、出発前から帰国まで、時間を追って行動内容を記述することにする。今後の参考になれば幸いである。

 

2 準備と壮行会、出発

 

 野口さんから私に団長の打診があったのは1月中旬である。その後2月前半と後半に1度ずつ、選手と私に簡単な内容説明を郵送で送って頂いた。スウェーデン、ショーピングに関しては、前回欧州遠征団長の中野さんが地図など詳細な情報を残して頂いていたが、ドイツのグレンツァオに関してはこの時点ではほとんど情報が存在しなかった(結局ほとんど問題はなかったが)。研究室にいたドイツからの留学生の助けを借りてネットで調べるとともに、とりあえず先方に渡す土産(和菓子、日本酒)を購入するなど旅行の準備を進めることにした。準備したものの中では、海外で使用可能なVodafoneの携帯電話、電子機器を利用するための変圧器、スウェーデンおよびドイツのコンセントに対する変換プラグが特に役に立ったと思う。

 

3/17 壮行会

18:30に神保町の学士会館に集合。長内さん、倉木さん、野口さん、EUREX青島さんらがいらして顔合わせ及び各種説明、諸注意(チャックはペットボトルへetc.)が行われた。青島さんから航空券のチケット、海外旅行保険、EUREXで作成して頂いたパンフレットなどが配布された。保険は全て団長が管理することにした。また連盟からの補助として、先方に渡すお土産としてラバー、ピンポン球を頂いたので、選手に手分けして運んでもらうことにした。その後歓談となるが学生の食欲はさすが。解散し帰宅。選手の宿泊先はホテル、友人宅など様々であった。私は若干風邪気味であり不安を覚えたがじたばたしても始まらない。

 

3/18 成田空港よりスウェーデンへ出発

 出発当日。搭乗する便はスカンジナビア航空SK984便コペンハーゲン行、12:40出航なので、成田空港第2ターミナルAカウンター前に10:40に集合という予定になっていた。私は野口さんとの打ち合わせがあるため9:45を目標として空港へ移動した。

集合場所に着くとすでに選手が半分ほど揃っており、スウェーデンクローネに両替している選手もいるようだ。野口さんからスウェーデンで参戦予定の試合代金および遠征団への援助金を頂いた。コペンハーゲンで簡単な入国審査があるとのこと。貴戸くんが現れず若干不安になったが10:40には間に合ったので問題なし。チェックイン後搭乗開始まで1時間あるので一旦解散とし、搭乗ゲートに集合とした。全員両替も済ませ、飛行機に搭乗しいよいよコペンハーゲンへ向けて出発。

このフライトが11時間と非常に長かった。選手同士お互いに慣れるのには都合が良かったかもしれないが、それにしても退屈。飛行機下の画像を座席のモニタから見ることができたので、地図帳を持ってくれば楽しめたかもしれない。映画を見るなどして過ごした。すでに飲み始めている選手もいたようだ。

 コペンハーゲンに到着。次にストックホルムのアーランダ空港へSK1424便で乗り継ぐ必要があったが、到着時刻が現地時間で16:20に対し出航が17:00と、あまり時間の余裕がなかった。そこで特に買い物などもせず、まっすぐゲートを目指すことにした。入国審査があり、やや緊張していた選手もいたが全員問題なく通過。当然周りに日本人はおらず、海外に来たことを実感する。携帯電話からメールで野口さんに無事を連絡。

 ストックホルムへのフライトは1時間程度であり、それほど長く感じなかった。皆疲れており、寝た選手が多かった。時差の影響もあるかもしれない。19時過ぎ無事ストックホルムへ到着し、荷物を受け取る。出口にバスの迎えが来ているはずなので向かうと、ショーピングと書いた紙を持ったおじさんが立っていて、簡単に落ち合うことができた。フレンドリーなおじさんで英語も通じるようで、まずは一安心である。引率の先生はいないのかと聞かれ自分が団長だと答えるとなんだが苦笑され複雑な気分ではあった。おじさんは先週も日本人選手団を送迎したらしい。空港の外へ出るとかなり寒い。風はなかったので、本当に気温が低かったのだろう。さらに乾燥しており喉が痛くなる。バスに移動し乗り込んだところで野口さんに再びメールで連絡。2時間かけてショーピングに高速道路で移動したが、さすが北欧の国だけあって夜の雰囲気がある。ヘヴィメタルが発展した理由もわかる気がする。

 ショーピングに到着すると、宿舎(ピンポンキャンパス)前でバスから降ろしてもらい、星野一洋さんが出迎えてくれた。唐突に日本語だったので面食らってしまったがやはり話しやすく安心である。部屋のキーを渡され、部屋分けを行う。体育館で練習できるかどうか聞いてみたが、今日はもう遅いので開いていないとのこと。

去年の報告書を読み練習できるものと思っていただけに残念であったが、皆疲れていたので休みをとるという意味では良かったかもしれない。こちらには女子がひとり(一ノ瀬さん)いるのだがシャワーが共用のものしかなく、一時困る。しかしもう一つシャワー部屋を発見したため問題なかった。洗濯機も自由に使って良く、なかなか快適である。その後、ホテル「シェル(Scheele)」とアリーナの場所を案内してもらい、ホテルのレストラン(3食全てバイキング形式)で夕食を取り一息つく。食事は一言で言えば洋食であり、食べ慣れたものが多い。選手にもなかなか好評だったが、これを毎日食べると確実に太るであろう。星野さんは日本とスウェーデンを往復する生活を繰り返しているらしく、日本にはバイトで資金を稼ぎに戻るようである。

 翌日、翌々日は試合(Lectus Open)だが、星野さんから試合の日程表を頂き確認すると19日はエントリーしている種目は行われないようであった。1日をどう過ごすべきか悩むが、ソーレン・アレーンさんがアリーナにいらっしゃるとのことなので、まずは挨拶に行き、ついでに相談してみることにした。また、星野さんによると、近くにスーパーマーケットがあるが、19日は土曜なので11:00~15:00しか開いておらず、20日は日曜なので休みらしい。20日の試合中は会場を離れてホテルで食事を取る時間もないだろうから、明日昼間のうちに買い物に行くなら行っておいたほうがいいとアドバイスを受けた。

 

3 スウェーデン

 

3/19 Lectus Open1日目

 朝5時半近くに目が覚める。低血圧で寝覚めは悪いのだが、時差の影響だろうか、まったく眠くない。我々以外にも宿泊している方がいるようで、洗濯機の使い方を尋ねたところ親切に教えてくれた。朝8時にキャンパス入口に集合。外はかなり寒い。ホテルで朝食を取った後アリーナへ移動。朝食バイキングもなかなか良かったが、最後までメニューは変わらなかった。日本料理のようなあっさりしたおいしさを好む人には辛いかもしれない。寒く乾燥しているせいか喉がかなり痛む。まずはアリーナへ全員で移動した。芝君が少し風邪気味のようであるが、心配要らないとのこと。必要なら風邪薬、熱さましを持っていることは伝えておく。

ショーピングアリーナ前にて、芝君と中村君

 

 特に道に迷うこともなく、アリーナに到着。すでに卓球台が並べられており、Lectus Openは試合が始まっているようである。受付の方に声をかけると、ソーレン・アレーンさんがもうすぐ来るので待っていて下さいとのこと。すぐにお会いすることができ、日本からのお土産を手渡す。日本酒が特に喜んでもらえたようである。

 ソーレンさんに練習ができないかと相談してみると、2つ方法があるという。他の体育館に移動して練習するか、もしくは、アリーナで試合の合間を縫って空いた台で練習することもできるらしい。選手達と相談し、昼間中に買い物に行かなければならないと星野さんのアドバイスもあったことだし、こちらで空いている台を借り、交代で買い物と練習をしようということになった。ソーレンさんは用事があるため明後日の練習からまたアリーナにいらっしゃるらしいので、練習の予定についても確認しておく。

 試合会場では、主に子供達が試合をしている。まだ朝9時でありスーパーマーケットは開店していないので、空いている隅の台を借り、選手達は交代しながら練習を始めた。やはり卓球をしているときが一番元気そうに見える。それにしてもこちらの子供達は全員がシェーク裏裏である。中には豪快にバックドライブを放つ子もいる。観客席からは保護者が応援していたが、私の後ろに座っていた方は息子が接戦で負けたらしく、思いっきり座席を蹴り飛ばして私を恐怖させた。子供達も台の上に腰掛けてジュースを飲んだり、ラケットを放り投げたりと、日本では怒られそうな行動を平然としている。これが普通なのだろう。

 11時前のところで、何人かは練習を一旦やめ、食事がてら件のスーパーマーケットを探しに行くことにした。私は荷物番として残ることにする。貴重品など十分注意して行動するように念を押す。台を試合で使用するらしく練習ができなくなったので、残りの人間で彼らの帰りを待ちながら休憩。明日のトーナメント表などを見て過ごす。そうするうちに買い物を終えた面々が戻ってきたので、彼らに荷物番を頼み、交代してホテルで昼食をとり、スーパーマーケットに向かう。

 ホテルの先の交差点を右折するとアリーナだが、星野さんの話によると、その交差点を左折すればスーパーマーケットがあるらしい。先に向かった面々も、すぐにわかると言う。言われたとおりに進むと、ウィリーズというスーパーマーケットを発見した。店の入り口の営業時間を見ると、星野さんの話とは異なり、日曜もかなりの時間開いているように思われる。別の店なのだろうか。しかし買い物さえ出来れば構わないので、気にせず明日の食事などの買い物をする。ミネラルウォーターを皆買っていたが、これが実は硬水の炭酸水であり、口に合わず後々苦しむことになる。商品はみな量が多く、日本との差にやや戸惑う。

アリーナ近くのスーパーマーケット

 

 体育館に戻ったが台が空く気配がない。試合が進めば台も空くだろうと予想し、一旦解散、夕方体育館に再集合とした。今のうちに街の方へ出かけてみる人もいるようなので、彼らの荷物番を私が引き受けた。これまでの出来事をまとめながらのんびりしていたが、伊倉君と中村君は疲れたらしく、宿舎へ戻って休んでいた。時差ボケの影響もあるのだろう。街組はマクドナルドを発見したらしく、お土産に日本では見あたらないメニューを買ってきてくれた。ありがたく頂いたがこの調子ではいったいどれだけ太るのだろうか。

 夕方に再集合したが伊倉君と中村君が現れない。不安になりホテルに確認しに行くと、二人とも爆睡していた。ともかく無事でよかった。台が空いたようなので再び練習開始。練習後ホテルで食事を取る。タイ米のような長い粒の米を用いたカレーで、ご飯を食べられると思っていなかっただけに好評である。翌日は9時から試合開始なのでアリーナで8時から練習が開始できるように、7時にキャンパス下に集合として就寝。

 

3/20 Lectus Open2日目

昨日同様、朝5時半近くに目が覚める。空気は相変わらず乾燥しており、喉が痛む。咳も出ており体調最悪である。選手は大丈夫だろうか。集合してホテルで食事をとり、アリーナへ。試合の準備、練習を開始。

我々は男子シングルスクラス1,クラス2,女子シングルスエリート、男子ダブルスにエントリーされていた。トーナメント表を見ると、河上君の対戦相手はクラス1と2で同じである。事務局にお願いし変更してもらった。また、女子は参加人数が3人と少なく、クラスを分けることすらできなかったため、総当たりとなったようである。

試合の方だが、これは実際にプレーした選手に報告してもらうのが一番だと思う。各選手の報告書に期待し、ここでは結果を簡単に述べるにとどめる。

男子ダブルスは伊倉・篠崎組、中村・芝組が2回戦に進出、土山・広畑組が不戦勝で2回戦に進出したが、貴戸・細井組、山方・森部組、佐藤・河上組は1回戦敗退。生き残りも2回戦で全ペアが敗退した。

女子シングルスエリートでは一ノ瀬さんが全勝優勝。素晴らしい成績である。

男子シングルス1はカット勢が活躍。篠崎君が準優勝、伊倉君がベスト4という好成績を収めた。しかし攻撃型は南アフリカジュニア選手のTheo君に貴戸君が2回戦で、佐藤君が3回戦で敗退(その後篠崎君が4回線で勝利)するなど苦戦を強いられた。優勝は地元ジュニア選手のピエール君。強力なドライブを武器に森部君を2回戦で、伊倉君を準決勝で、篠崎君を決勝で倒して見事優勝した。広畑君、芝君、土山君、河上君は1回戦敗退、貴戸君、森部君以外にも細井君、中村君が2回戦敗退だった。山方君は2回戦で中村君に勝ったが3回戦で篠崎君に敗れ、1回戦も不戦勝だったので日本人としか対戦できないという不運だった。詳細は別紙を参照されたい。

男子シングルスクラス2は、クラス1よりも参加者のレベルが落ちているようであり、日本選手がベスト4に3人という素晴らしい成績を残した。優勝は佐藤君。準決勝で伊倉君、決勝で森部君を倒し堂々の優勝である。広畑君、土山君、貴戸君、細井君は1回戦敗退、中村君、山方君、芝君は2回戦敗退、篠崎君は3回戦で森部君に敗退、河上君は3回戦で伊倉君に敗退した。

女子シングルスエリートで優勝した一ノ瀬さん

男子シングルスクラス1、準優勝篠崎君とベスト4伊倉君

男子シングルスクラス2、優勝佐藤君、準優勝森部君、ベスト4伊倉君

 

試合当日はお昼時に試合が入ることが多く、前日に昼食を購入しておいて正解だった。しかし飲み物が硬水の炭酸水であったため、なんとも言えない顔をしている選手が多かった。ちなみに男子エリートクラスで優勝したのは中国人のXiaさん。昨年の報告書でも記述があったが、実は森部君のお兄さんと面識があるらしい。

試合が終わった後、観客席を片付け、卓球台のレイアウトを通常時のものに戻す必要があったらしく、空いている台で練習させて頂いた。私も座って卓球を眺めているだけなのにはうんざりしていたので、地元の子供を相手に遊んだ。彼らは本当に楽しそうである。皆英語を話せるのには驚いた。7時頃練習を切り上げホテルで食事。翌日の練習は朝7時45分から開始とのことなので、6時半にキャンパス下に集合と決めて就寝。朝早いが大丈夫だろうか?日本との連絡用、目覚まし用に使っている携帯電話の電池が切れそうなので充電。変圧器とプラグを持っていて助かった。

 

3/21

 朝6時半にキャンパス下へ集合、ホテルで食事。相変わらず喉は痛い。朝はかなり寒く、外を歩くのが憂鬱になった。アリーナに着くとアジア系の女の子が3人入ってくる。選手がHelloと挨拶すると、こんにちはと返され爆笑が起きる。仙台育英高と青森山田中から卓球留学しているということが話を聞いて判明した。

7時45分からソーレンさんのもとで練習開始。アップからシステム練習、課題練習、ゲーム練習という内容だった。細かい練習内容や感想についてはやはり選手自信に報告してもらうのが一番だと思うのでここでは詳しく述べない。私自身の印象としては、両ハンドでドライブを振らなければあまり意味がなく、そしてシステム練習でも延々と同じ動きを繰り返すことはせず、常に集中を求められる内容であったように思われる。また、練習中、ソーレンさんが技術的な指導をすることはほとんどなかった。選手達は若干拍子抜けだったようである。また、こちらでの練習は1日が何コマかに分かれており、選手達は近くの学校に通いながら、うまく時間を合わせて練習に参加しているようだ。

 しかしここでアクシデントが発生。篠崎君が膝に痛みを訴え、練習を中止することになった。朝起きたときから痛んだらしい。膝は初めてらしく不安が増す。ソーレンさんに相談したところ、病院は駅のそばにあるが、もし本当に治療が必要なくらい深刻なら日本に帰ってからしっかり見て貰うべきで、今日はとりあえず様子をみなさいとアドバイスを頂いた。星野さん、メールで連絡を取った野口さんも同意見。せっかくの遠征だけに、卓球ができないのはあまりに残念だが、無理をさせるわけにはいかない。

 午前の練習は10時で終了。午後の練習は2時15分からのグループと、4時からのグループに分かれるらしい。ソーレンさんから、日本の選手も2つに分けてほしいが、佐藤君と森部君を2時からのグループに入れてほしいと頼まれる。残りは希望者を募り、山方、河上、細井、貴戸、一ノ瀬というメンバーが前半、伊倉、中村、芝、土山、広畑が後半グループになった。体育館は常時開いているので、2時まで自由に使ってよいとのこと。全員あまり疲れも見せずに練習し、昼食をホテルで取る。その後自由時間とし、私は念のため病院の位置を確認しに街へと向かった。

 街も雪が残っていたが、どちらかと言えば殺風景なアリーナ周辺と異なり、ヨーロッパに来たことを実感させる建物が多い。電線や電柱が存在しないのも感銘を受ける。川は凍っていたが雪が解け始めており、寒さは和らいでいた。病院は難なく見つけることができ、ぶらぶら散歩しているとすでに2時前であった。

ショーピングの町並み

 

 午後、女性コーチ、ペニーラ(Pernilla)さんのもと、2時15分からの練習開始。かなり強い選手が揃っていた。とくに目を引く2人は、それぞれ18歳以下、17歳以下で一番強い選手らしい。激しい練習をしている。特にフットワーク練習では移動しながら強力なドライブを打ち合っている。ラリーに強い欧州卓球に納得。ゲーム練習でもかなり押され気味だった。しかし、先週日本から関東学連が遠征に来たらしく、彼らをほぼ全員が倒して帰国したらしい。話を聞いて選手も驚愕。球威ではなく台上技術、サーブレシーブで先手を取ったのだろうと選手は推測していたが、国公立と日本の学生のトップクラスにはそれほど差があるということ、そして世界トップはさらにその上にあるということ、などなど話の種は尽きなかった。ソーレンさんは一旦アリーナにいらっしゃったが、体調が悪いらしく、すぐに帰ってしまった。

 午後4時からは、ヨハン(Johan)コーチのもと練習開始。6時半に終了。メニューが攻撃型の内容なので、カットマンは練習が大変そうである。ホテルで夕食をとり、就寝。

 

3/22

6時半にキャンパス下に集合、食事。徐々に寒さが和らいでいる気がする。朝7時45分から練習。篠崎君の膝は痛みが引いたらしく、今日から練習に参加するという。ソーレンさんからは、1日休んだだけなので痛みが戻ってくることもあるから、無理をしないようにと念を押された。ソーレンさん自身はまだ体調が優れないらしく、練習はペニーラ、ヨハン両コーチに任されていた。

篠崎君は回復しつつあるが、中村君が左足首、伊倉君が腰を痛め、練習を休むことになった。選手全体に疲れがたまっているのだろう。とにかく無理は禁物である。

午後は4時からの練習のみらしい。我々が弱すぎて2時からの練習には参加させてもらえないのだろうか、と落胆したがそうではなく、単に練習がないだけであった。反省。10時に練習終了後、4時まで自由時間とした。皆よく練習する。何人かは街の中心へ遊びにもいったようである。私も日本の友人へ土産を物色などして楽しんだ。いわし雲が空に見える。日本と変わらないものもある。

午後は4時から6時まではヨハンコーチのもと練習。6時からはジュニアよりも若いクラスが練習を行っていた。夕食をとり就寝。だいぶショーピングにも慣れてきたようである。

 

3/23 

ショーピングでの練習最終日。篠崎君の膝は、本人によるとほぼOK。中村君、伊倉君は若干不安があるが、本人が大丈夫というので練習に参加することになった。ペニーラ、ヨハン両コーチのもと練習。明日の飛行機便の時間を伝え、送迎バスがキャンパス前に9時に来てくれることを確認した。できれば空港で買い物がしたいので、8時にキャンパスに来てもらえるようお願いする。練習は7時45分から10時。ペニーラさんは午後用事があるらしく、お礼と感謝を述べるとまた来年も来て下さいとのお言葉を頂いた。

10時からは年齢層が若い別のグループが練習を行っており、アリーナで練習はできなかった。午後は4時から6時まで練習なので、4時まで自由行動とした。せっかくなのでスウェーデンの打ち上げをやろうと考え、野口さんから頂いたお金で、何人かの選手とお昼の間に買い出しに行っておく。残った時間で選手と街を見て回った。スポーツ用品店に卓球用品が置いてあったのにはなかなか驚いた。

4時からヨハンコーチのもと練習。スウェーデン対日本で団体戦形式のゲームを行った。やはりカット勢が善戦しているようだ。ソーレンさんが現れ、熱が出ており練習をほとんど見られず申し訳ないとおっしゃられた。恐縮。幸い熱は下がったらしく、体調がよければ、翌日の出発のときキャンパスまで見送りにいらしてくれるらしい。最後の練習ということで、練習に参加した選手一同で写真を撮影していた。この3日間、スウェーデンの選手は友好的で(男子は紳士、女子は怖いという意見もあったが…)、ペンホルダーラケットを珍しがって休み時間に遊んだり、三球目をバックハンドで打ち抜くと親指を立ててくれたりと、なかなか愉快であった。

ソーレンスクールの選手と記念撮影

 

6時に練習を終え、ホテルで食事を済ませる。キャンパスに留学生の女の子3人が遊びに来た。彼女らが帰った後、簡単な打ち上げ。バスについてヨハンコーチに聞いてみると、結局バスは9時に来るらしい。飛行機には間に合うから問題はないが、空港で買い物をする時間が少なくなるのが残念である。

 

3/24 ドイツへ移動

 いよいよスウェーデンからドイツへ移動。なかなか感慨深い。朝9時にバスが来るのでそれまでに片付けと準備を終わらせる。食事もとくに集合せず、各自でホテルに行き取ってもらう(結局全員集合したが)。キャンパスに戻ると星野さんが入り口で待っていた。前日の話で我々が8時に出発すると伝わっていたらしく、星野さんは部屋のキーを回収しにキャンパスへ来てしまったのだった。2度手間になり申し訳ないが、9時にもう一度来てもらうようお願いした。

 9時にバスが現れる。星野さんにルームキーを返却。ソーレンさんもいらっしゃった。熱は下がったようで安心した。曰く「雨はいつか止んで晴れるのと同じだよ」。お礼を述べ記念撮影。

ソーレン・アレーンさんと記念撮影

 

 名残惜しいがバスに乗りストックホルムへ移動。昼に見かける風景は夜とはまた違う雰囲気である。針葉樹の森が広がり、地面は雪で覆われている。これもまた北欧かもしれない。誰だか忘れてしまったが花粉症の症状が楽になったと話していた選手がいた。日本の生活環境はやはり化学物質などで汚染されているのだろうか…などと考えているうちにアーランダ空港に到着、チェックインを済ませて一度解散。ユーロへの両替を済ませる。搭乗する便はルフトハンザ航空LH3003便フランクフルト行、13:15発。当初はスカンジナビア航空の予定だったがチケットが取れず、欧州への出発前にルフトハンザ航空に変更された。スムーズに移動できるのも事務局の皆様のおかげであると感謝しながら空港を移動した。荷物検査後食事を取る。買い物をしている選手もいるようだ。空港内はユーロも使用可能だったがお釣りはスウェーデンクローネ。

 フライトは快適。東洋人はやはり目立つ。隣にすわったおばさんとおしゃべりして過ごす。アメリカ出身でスウェーデン在住らしいが、ドイツに100歳近くになるおばあさんがいるという。芝君が爆睡しているのを見て笑っていた。皆少し疲れているのだろう。

 フランクフルト空港に無事到着し、荷物を回収する。Meeting Point Bに迎えの運転手が来ているはずである。スウェーデンの時と同様楽に見つかるかと思っていたが、待ち合わせ地点に着いてもそれらしき人物は見つからなかった。少し焦る。選手達には待機するように言い一通り近辺を探した後、ホテルに電話して事情を説明すると、確かにMeeting Point Bに迎えが行っているはずだと言う。なんだか口調がきついのは英語が拙いからだろうか。文句を言っても仕方ない。何人かに手伝ってもらい再び近辺を探し回った後、選手達の所へ戻ると、どうやら探しに行っている間に運転手が到着したらしい。2台に分乗し、グレンツァオへ移動することになった。結局一人でばたばたしただけかと思うと我ながら情けなかったが、反省は反省として脇に置いておく。

アウトバーンは噂通り猛スピード。コブレンツ付近へ向かった後、山奥、谷間へと車は進み、夕方頃目的地のホテル"Zugbrücke"に到着した。運転手さんにお礼を言いフロントでチェックインを行う。卓球のレッスンコースについて簡単な説明を受けた後、キーを受け取り、部屋割りに従って部屋に移動し、まずは落ち着く。部屋はかなり綺麗でシャワーも着いている。フロントに渡された用紙に食事や練習時間、その他諸注意がドイツ語で記されている。各部屋を回り今後の予定を簡単に説明しておく。

グレンツァオのホテル"Zugbrücke"

次にフロントに向かい疑問点について質問すると、再び不機嫌そうに見えるが丁寧に答えてくれた。練習は25日からで、25日は19:00~20:30の予定になっていたが、体育館は毎日7:00~23:00の間自由に使ってよいとわかり一安心。コーチのAnton Stefko氏はチェコの男子シングルスチャンピオンらしい。期待が膨らむ。洗濯機はないらしく、洗濯ルームサービスは有料。フィットネスクラブのような施設があるがこれも一日7ユーロと有料。インターネット用マシンも有料。無線LANスペースがあるがあいにく機器を持ち合わせていない。連絡手段には不便しないので特に問題はないが。

夕食は18:00~21:00。スウェーデン同様バイキングレストランだが高級感がある。料理の種類も豊富。ただし洋食である。肉食が続いており私は多少胃がもたれ気味になってしまった。出される飲み水は相変わらず例の炭酸水。どうしても乾きが癒される感じがしない。夕食後は自由行動とするが、みな体育館で各自練習。とにかく卓球好きな面々である。部屋に戻り就寝。

 

4 ドイツ

 

3/25 練習1日目

 朝の食事はやはりバイキング形式、時間帯は7:00~10:00であった。選手に予定は伝えてあるので、19:00開始の練習までは完全自由行動とする。といっても山奥なので見所もあまりなく、まずは皆練習に向かう。

 体育館は自由に使えると聞いていたが、9時からはどうやら別のグループがレッスンを受けているようだ。練習は一時中断せざるを得なかったので、体育館内にある卓球ショップを覗きに行く。全員ユニフォームやラバーをあれこれと物色している。

10時半にレッスンが終わったので一部の選手は練習を再開。ステフコさんに挨拶。お土産のラバー、日本酒、和菓子を渡す。特に日本酒を喜んでくれた。夕方からの練習はコーチの方が見て下さり、ステフコさん自身は26日からとのこと。広畑君がその場にいた方に相手をしてもらい練習をしていると、中国人らしきコーチの方が突然広畑君に指導を始めた。どうやらバックプッシュの動きを見るに見かねたらしい。フロントからもらった案内の紙を後で眺めてみると、本来個人レッスンは有料のはずである。近くではシュトルーゼ選手や中国人らしき方がやはり練習をしている。見ているだけでも楽しい。体育館をよく見ると、ゲナンを迎えてブンデスリーガの試合が行われたらしく、壁に対戦表が掲げられており、ロスコフ、田崎などの名前が見える。できることならば試合を見たかった。選手にも要望が多く、これは来年以降の課題として是非挙げておきたい。

 昼食後19:00までは、練習、街(村?)を何人かで散歩、ホテルでのんびり休養など選手によって過ごし方は色々であった。特にホテル近辺はきれいな民家や古城、土産物屋があり、風景を楽しみながらの散歩には最適である。土山君が日本に電話をかけたいらしくフロントに国際電話用テレホンカードを販売しているか尋ねてみたが、フロントでは売っておらず、街を探索したがそれらしき店を見つけることはできなかった。結局土山君は森部君のカードを借りて日本に電話していたようだ。空港で買っておくように前もって一言言っておけば良かったかもしれない。気温はショーピングよりもかなり暖かく快適。完全に春である。

グレンツァオの町並みと古城

 

 19:00から練習開始。我々以外にもトレーニングコースの参加者がいるようだ。Manfred Baumコーチのもとシステム練習などを行った。内容はシステム練習が主。実は私も風邪の体調が良くなったため参加してしまった。といってもほとんどこれまで練習できていなかったため、あまり納得できる内容ではなかった。個人的ではあるが非常に残念である。ホテル近辺に店がなく飲み物の調達がなかなか難しかったので、1台ある自販機を利用せざるを得なかった。野口さんから頂いた資金を割いて全員にジュースを振る舞う。無事練習も終了し就寝。選手の体調も良いようで一安心である。

 

3/26

朝起きると風邪の調子が悪化していた。団長である以上やはり無理は禁物。この日は9:30~11:00、14:00~15:30に練習が予定されていた。朝食後練習開始。ステフコさん、バウムさん、中国人のWangコーチ、Mengコーチのもとシステム練習、多球練習(森部、河上、一ノ瀬、中村)を行った。特に目を引いたのが多球練習。球出しが強烈。速射砲。野球の内野ノックという表現がしっくりくるかどうかはわからないが、あれほどのものは初めて見た。1度に3~7球連続で、動きながら打球する。中国式なのだろうか?選手の報告に期待したい。システム練習は基本的に攻撃型を想定して組まれていたが、カット型の選手には練習内容を変更してくれた。ステフコさんを始め各コーチがテーブルを回り、時にアドバイスなどを伝える様子が印象的だった。午前の練習終了後卓球用品店に立ち寄ったが、日曜日は開いていないらしく、月曜朝にはホテルから出発してしまうため購入の最後のチャンスである。私も何か買おうと試みたがユニフォームはサイズが大きく選択に困る。選手らもそれぞれ何か買っているようだった。

午後も同様に練習。多球練習は山方君、細井君、佐藤君、土山君の4人。やはり凄まじい。動かされながら連続打球するのだが、必ず飛びつきとそこからの戻りが含まれているのが印象的。日本に帰ってからあの練習を取り入れようとしても相当な球出しの訓練が必要になるためすぐには不可能だろう。休憩の合間に中国人コーチが披露してくれた下回転ドライブ(カーブドライブの要領でボールの斜め下をこする)、指で出すサーブ(指で回転をかけながら出すのだが、モーションのわかりにくさも手伝って魔球が飛んでくる)なども見ているだけで面白い。色々なボールの扱い方を覚えることが技術上達にもつながるのだろう。このあたりはスウェーデンでは見られなかった光景である。

練習終了後ステフコさんから、明日も練習は同じ時間に始まるが1時間早いから注意してくれ、と言われる。どういうことだろうか?しかしとりあえず1時間早く、予定では9時に始まるので8時に体育館集合とし解散した。夕食後休憩していると、ボウリングをしようという話になり、球も転がせないのに球が打てるはずもないと気合いを入れて参加することにした。居酒屋の奥にレーンがあるのを発見したが先客がいた。予約をすれば明日夜使用できるというので、明日打ち上げを兼ねてレーンを予約することにした。居酒屋の入り口にサマータイムの注意を促す張り紙がされているのを発見し、ステフコさんの言っていた言葉の意味がわかる。体育館集合は夏時間で9:00。日本へ帰るフライトの時刻が心配になったので、念のため野口さん青島さんに連絡を入れておく。

グレンツァオにて練習

 

3/27

 欧州で卓球をするのも最後である。帰るまで油断は禁物だが、なかなか感慨深いものがある。練習は9:00~10:30。午後はなし。今回は多球練習がなかった。残念。コーチの方々のもと練習を行う。合間にステフコさんが私に日本選手の講評をしてくれた。曰く、

「皆元気で良く笑う、いい選手だ。とても良い練習ができた。フットワークとフォアハンド、特にループドライブがとてもうまい。バックハンドは動きがぎこちなく、もっと関節や手首を自由に使えるようにトレーニングをしなければならない。しかし一部の選手、森部君や土山君、細井君はスムーズにバックハンドが振れている。」土山君はこのことを聞いて非常に喜んでいたように見えた。プレースタイルを崩してしまわないか心配である。森部君はバックハンドに限らずカット、左ペンなど何をやらせても器用にこなす。何か苦手なことないのかよ!とぼやいていたある選手の言葉を記しておく。練習終了後、ステフコさんからGood flight and See you next year.とお言葉を頂いた後、グレンツァオのTシャツを頂く。良い記念になった。

アントン・ステフコさんと記念撮影

 

 午後は完全に自由行動。カードゲームに興じる、村の土産物屋で陶器を眺める、古城へ向かうなど、各自のんびりと過ごしたようであった。私も選手と一緒にパターゲームを楽しんだ。夜は夕食後ボウリングを2ゲーム。卓球がうまい選手もボウリングはみな普通である。少し安心した。

 

3/28 日本へ帰国

 いよいよ帰国である。野口さん、青島さんによれば空港でも夏時間に従って行動すれば問題ないとのことなので、予定通り9:00にホテルを出発するよう準備をする。チェックアウトし、車に分乗してフランクフルト空港を目指す。

 空港にてチェックイン。空港の職員に日本語で話しかけられ、面食らってしまった。手荷物検査でなぜか私のノートPCが引っかかる。危険物検査をするというので外に出すとサイズの小ささに驚いていた。韓国のマシンかと聞くので日本のだと答える。感心したらしく、しきりとinterestingと繰り返している。しかし直後に、韓国人か?と聞いてきたのには苦笑してしまった。やはりアジア系は同じ顔に見えるのだろう。SK1683便12:45発コペンハーゲン行。時間があるのでみな土産を買うなどしていた。

 コペンハーゲンにてSK983便、15:45発成田行の便に乗り継ぐ。飛行機から降りる際ゲートで手荷物チェックがあり、やたらと時間がかかったせいで予定していたよりも時間が少なくなってしまった。簡単なEU出国審査を受けた後成田へ。帰りの便も暇だったが、もうすぐ遠征も終わるという安堵感もあったせいかそれほど苦痛ではなかった。午前9:30、無事成田へ到着。全員荷物を受け取り、ゲートを出たところで無事解散。試合結果を私が全員に郵送すること、報告書については野口さんから連絡を待ってほしい旨を伝えておく。そこら中に日本語が溢れていることに違和感を覚える。頭の中で日本語を英語に訳して思考しようとした自分に驚く。野口さんに連絡し、ようやく緊張から解放される。とにかく全員が無事帰国できたことに安心した。

 

おわりに

 

 これまで遠征の様子を延々と書き連ねてきた。最後に今回の遠征について簡単な感想及び反省点を記しておく。

 欧州遠征を通じて、卓球技術の向上もさることながら、卓球というスポーツを足掛かりとして日常生活では経験することのできない異文化を体験できたこと、および全国の国公立で卓球に励む学生同士の友好を広げられたことは非常に好ましいことである。スポーツとしての卓球のルールは地球上どこでも同じだが、プレースタイルや練習方法など、アプーチの仕方は日本と欧州では対照的であったことを体感できたと同時に、これらは単に卓球のみにとどまらず日欧の文化的相違に関する一面であるということを実体験から学び取ることができた。これをきっかけとして選手達の海外文化に対する興味、視野が大きく広がってくれればと思う。

 一方で今回の遠征の反省点としては、行動範囲が練習場所周辺に限定されてしまい観光がほとんど行えなかったこと、ドイツでブンデスリーガの試合を観戦できなかったこと、団長の私を含め語学力が全体的に未熟であり、コミュニケーションという面ではどうしても物足りない量になってしまったこと、などが挙げられる。特にブンデスリーガ観戦は選手からの要望が大きく、次回以降の遠征で是非検討して頂きたい項目である。

 冒頭でも述べたが、遠征の実現に尽力して下さった野口さん、長内さん、倉木さんや事務局の皆様、EUREX青島さんにあらためて感謝したい。ありがとうございました。

最後に、13名の参加選手に感謝したい。年の大して変わらない学生が団長を務めたことで不安は非常に大きかったと思うが、みな私についてきてくれ、問題が生じた際にも協力して解決に当たってくれた。私自身も非常に貴重な経験をさせて頂いた。これからの各選手の活躍に期待したい。